第34回地中海学会大会 ◇ 記念講演 ◇ 地中海学会ヘレンド賞授賞式 ◇ 懇親会 ◇ 地中海トーキング ◇ シンポジウム

学会からのお知らせ

＊7月研究会 テーマ：海辺の有島兄弟──湘南・地中海 　　　　（旧里見�ｸ邸見学会付き） 発表者：末永　航氏　　見学解説：赤松　加寿江氏 日　時：7月24日（土）午後2時より 会　場：鎌倉　石川邸〜旧里見�ｸ邸 参加費：会員は500円，一般は1,000円 予約制：先着40名（事務局へご連絡下さい） ＊第34回地中海学会大会 　さる6月19日，20日（土，日）の二日間，東北大学マルチメディアホール（仙台市青葉区川内41）において，第34回地中海学会大会（共催：東北大学大学院文学研究科 大学院GP）を開催した。会員104名，一般31名が参加し，盛会のうち会期を終了した。次回は日本女子大学で開催します。 6月19日（土） 開会宣言・挨拶　13：00〜13：10　　石川清氏 記念講演　13：10〜14：10 　「古代地中海世界のローマ人──社会史的考察」 松本宣郎氏 地中海トーキング　14：25〜16：25 　「島の魅惑──ああ，松島や」パネリスト：浅野和生／佐藤弘夫／芳賀京子／和栗珠里／司会：安發和彰各氏 懇親会　19：00〜21：00　［秋保温泉　蘭亭］ 6月20日（日） 研究発表　　10：00〜11：35 　「オーセールの大判絹錦《タカの図》──布が伝えるビザンティン文化の軌跡」山中良子氏／「ギベルティからベルニーニへ──鋳造された蜥蜴のモチーフをめぐって」佐藤仁氏／「ヴェネツィアの近代──舟運の変遷と水辺の空間」（タイトル変更）樋渡彩氏 授賞式「地中海学会ヘレンド賞」　11：35〜12：10 総会　12：10〜12：45 シンポジウム　13：30〜16：30 　「フロンティア──周縁か中心か」パネリスト：櫻井康人／芳賀満／柳原敏昭／司会兼任：高山博各氏

＊第34回地中海学会総会 　第34回地中海学会総会（芳賀満議長）は6月20日（日），東北大学マルチメディアホールで下記の通り開催された。 　審議に先立ち，議決権を有する正会員590名中（2010.6.14現在）580余名の出席（委任状出席を含む）を得て，総会の定足数を満たし本総会は成立したとの宣言が議長より行われた。2009年度事業報告・決算，2010年度事業計画・予算は満場一致で原案通り承認された。2009年度事業・会計は片倉もとこ・木島俊介両監査委員より適正妥当と認められた。（役員人事については別項で報告） 議事 一，開会宣言 二，議長選出 三，2009年度事業報告 四，2009年度会計決算 五，2009年度監査報告 六，2010年度事業計画 七，2010年度会計予算 八，役員人事 九，閉会宣言 2009年度事業報告（2009.6.1〜2010.5.31） �T　印刷物発行 1．『地中海学研究』XXXIII発行　2010.5.31発行 　「12世紀バルセロナ伯領辺境における領主・農民関係──トゥルトーザ周辺地域の事例」 阿部　俊大 　「中世後期南フランスにおける大学神学部と托鉢修道会──トゥルーズとモンペリエの事例から」 　　梶原　洋一 　「フィリッピーノ・リッピ作カラファ礼拝堂装飾壁画の再解釈──「貞潔の擁護者」としての枢機卿」 　　荒木　文果 　「トルコ共和国の形成と音楽──トルコ民謡と「和声化」をめぐって」 　　濱崎　友絵 　「研究動向　ギリシアの初期鉄器時代に関する調査および研究動向　2000〜2009年」 　　高橋　裕子 　「書評　藤井慈子著『ガラスのなかの古代ローマ──三，四世紀工芸品の図像を読み解く』 山田　順 　「書評　私市正年著『マグリブ中世社会とイスラ

ーム聖者崇拝』」 　　太田　敬子 2．『地中海学会月報』　321〜330号発行 3．『地中海学研究』バック・ナンバーの頒布 �U　研究会，講演会 1．研究会（於東京大学本郷キャンパス） 　「イベリア半島プレロマネスクと後ウマイヤ朝建築──アーチの造り方・見せ方の横断的比較から」 伊藤　喜彦（7.25） 　「イラン・テヘラーンに建設されたガージャール朝（1796-1925年）の宮殿と離宮」 ソレマニエ　貴実也（10.3） 　「民主政アテーナイの法廷外決着と公共圏」 佐藤　昇（12.12） 　「パレストリーナのナイルモザイク」 田原　文子（2.20） 　「西欧中近世における像（イメージ）の生動性をめぐって」 　　　秋山　聰（4.24） 2．連続講演会（ブリヂストン美術館土曜講座として：於ブリヂストン美術館） 　秋期連続講演会：「地中海の光」 　2009.10.10〜11.7 　「クロード・ロランと戸外制作──ローマが風景になったとき」小針　由紀隆／「静かに晴れわたるヴェネツィアの絵画──16世紀から18世紀」小佐野　重利／「ターナーとヴェネツィアの光」木島　俊介／「遍歴のギリシア人画家エル・グレコ──トレドに光を見た」大高　保二郎／「19世紀フランス絵画に見る，オリエントの光／地中海の光」三浦　篤 　春期連続講演会：「地中海世界における異文化の交流と衝突」2010.5.1〜5.29 　「西洋化するイスラーム世界，イスラームを抱え込むヨーロッパ──近現代における展開」飯塚　正人／「中世シチリアのノルマン王とイスラム教徒──異文化の共存と対立」高山　博／「中世スペインの王都レオンの芸術活動──レコンキスタの戦いとロマネスク様式の形成」安發　和彰／「イタリアにおけるゴシック建築の受容と拒絶」石川　清／「イスラム建築にみる異文化的要素の受容と展開」山田　幸正 �V　賞の授与

1．地中海学会賞授賞　受賞者：該当者なし 2．地中海学会ヘレンド賞授賞　受賞者：黒田泰介 　　副賞　受賞記念磁器皿「地中海の庭」（星商事株式会社提供） �W　文献，書籍，その他の収集 1．『地中海学研究』との交換書：『西洋古典学研究』『古代文化』『古代オリエント博物館紀要』『岡山市立オリエント美術館紀要』Journal of Ancient Civilizations 2．その他，寄贈を受けている（月報にて発表） �X　協賛事業等 1．ＮＨＫ文化センター講座企画協力「フランスと地中海：太陽の誘惑」 2．同「地中海への誘い：スペインと地中海─光と陰と午睡の夢」 3．同「地中海への誘い：ギリシアと地中海─珠玉の文化を旅する」 4．朝日カルチャーセンター講座企画協力「地中海文化の光と影」 5．同「イスラームとヨーロッパの出会い」 6．ワールド航空サービス知求アカデミー講座企画協力「地中海世界への誘い」 �Y　会　議 1．常任委員会　　　　5回開催 2．学会誌編集委員会　3回開催 3．月報編集委員会　　6回開催 4．大会準備委員会　　2回開催 5．電子化委員会　　　Eメール上で逐次開催 6．賞選考小委員会　　1回開催 �Z　ホームページ URL=http://wwwsoc.nii.ac.jp/mediterr/ （国立情報学研究所のネット上） 「設立趣意書」「役員紹介」「活動のあらまし」「事業内容」「入会のご案内」「『地中海学研究』」「地中海学会月報」「地中海の旅」 �[　大　会 第33回大会（於西南学院大学西南コミュニティーセンター） �\　その他 1．新入会員：正会員14名；学生会員9名 2．学会活動電子化の調査・研究

2010年度事業計画（2010.6.1〜2011.5.31） �T　印刷物発行 １．学会誌『地中海学研究』XXXIV発行 　　2011年5月発行予定 ２．『地中海学会月報』発行　年間約10回 ３．『地中海学研究』バック・ナンバーの頒布 �U　研究会，講演会 １．研究会の開催　年間約6回 ２．講演会の開催　ブリヂストン美術館土曜講座として秋期（9.18〜10.16，計5回）・春期連続講演会開催 ３．若手交流会 �V　賞の授与 １．地中海学会賞 ２．地中海学会ヘレンド賞 �W　文献，書籍，その他の収集 �X　協賛事業，その他 １．ＮＨＫ文化センター講座企画協力「地中海への誘い：ギリシアと地中海─珠玉の文化を旅する」 ２．朝日カルチャーセンター講座企画協力「イスラームとヨーロッパの出会い」 ３．ワールド航空サービス知求アカデミー講座企画協力「地中海世界への誘い」 �Y　会　議 １．常任委員会　　　　　　２．学会誌編集委員会 ３．月報編集委員会　　　　４．電子化委員会 ５．その他 �Z　大　会 第34回大会（於東北大学）　6.19〜20 共催：東北大学大学院文学研究科 大学院GP �[　その他 1．賛助会員の勧誘 2．新入会員の勧誘 3．学会活動電子化の調査・研究 4．展覧会の招待券の配布 5．その他

＊新事務局長および本部変更 　第34回総会において石川清氏の事務局長任期満了により，野口昌夫氏が新事務局長に決まりました。これに伴い学会本部を下記の通り変更します。 　旧：愛知産業大学　石川清研究室 　新：東京芸術大学　野口昌夫研究室 ＊論文募集 　『地中海学研究』XXXIV（2011）の論文・研究動向および書評を下記のとおり募集します。 　論文・研究動向　四百字詰原稿用紙80枚以内 　書評　四百字詰原稿用紙20枚以内 　締切　10月20日（水） 　本誌は査読制度をとっています。投稿を希望する方は，テーマを添えて9月末日までに事前に事務局へご連絡下さい。「執筆要項」をお送りします。 ＊ブリヂストン美術館秋期連続講演会 　秋期連続講演会「異文化交流の地中海」をブリヂストン美術館（東京都中央区京橋1-10-1　Tel 03-3563-0241）において9月18日より10月16日までの毎土曜日，全5回にわたり開催します。詳細はおってお知らせします。各回共，午後1時30分開場，2時開講，聴講料400円，定員は130名（先着順）です。事前に美術館にて前売券の購入をお勧めします。学会事務局では聴講券・前売り券を扱っておりませんので，ご了承下さい。 訃報　5月9日，会員の五十嵐春江氏が，7月3日，会員の梅棹忠夫氏が逝去されました。謹んでご冥福をお祈りします。 事務局夏期休業期間： 　　　7月30日（金）〜9月2日（木）

地中海学会大会　研究発表要旨 オーセールの大判絹錦《タカの図》 ──布が伝えるビザンティン文化の軌跡── 山中　良子

ビザンティン世界を彩った絹の錦織りは，中国漢代に始まり当初は縦糸による模様の縦錦（lampas）でした。西方でも羊毛，麻の模様織りは紀元前1000年頃には見られ，古代ローマ期の布も発掘されています。ササン朝ペルシャはローマから染織に長けたシリアを勝ち取り，コータンから絹糸を得て，中国の空引き機による錦織りの技法を取り入れた横糸による緯錦（ぬきにしきsamitum）のササン錦を完成させました。ホスロー1世，2世の時代が全盛期で，絹糸も職人もペルシャに集中しています。 　同時期ビザンティンもユスティニアヌス帝による隆盛期を迎え，衣裳，儀式用の絹錦の需要が増えました。絹の入手難がペルシャとの紛争の要因となる等もあり，繭からの絹糸生産に踏み切ったのです。その際ビザンティンと有利に絹取引をしたソグド（現ウズベキスタン）は，独自に普及品ザンダニージー錦を生み流通させています。ダマスクス，アレキサンドリアを主生産地としていたビザンティンは，7世紀にサラセンに産地を奪われ，コンスタンティノープルに集められますが絹織物は衰退して行きます。しかし10〜11世紀のコムネノス王朝時には又再燃しました。イスラム圏，インド，西ヨーロッパにも伝わった絹錦は朽ちやすく多くは失われていますが，ビザンティンのものは欧米の教会宝物館，美術館に点在していて，今日拠点を失ったビザンティン美術の貴重な歴史遺産となっています。絹錦は交易されず，皇帝管理のもと各国要人，宮廷人への贈与品や，教会等の注文品に限られていましたが，現存する布の多くは第4次十字軍のビザンティン征服時の略奪品と思われます。なお同期にエジプトで織られた縦麻糸，横羊毛又は絹糸のコプト織りは，西ヨーロッパに伝わりゴブラン織りのタピストリーとなりますが，ビザンティン錦とは模様，技法，素材共異なります。 　絹錦のテーマは，当時のモザイク，壁画に多く表されている旧約聖書とは異なりササン錦を引き継いだゾロアスター教の象徴や騎馬狩猟図，古代ローマの戦車競技等異教の紋様が多く，新たな紋様作りを苦手としていた事が伺えます。用途は，衣裳に限らず，教会，宮殿の装飾としても使われました。聖遺物は，象牙，金工等の技の粋を集めた箱に納められ，絹錦の上に飾られました。そして聖骸布（shroud）としても大判の絹錦は崇拝の証として遺体に施されたのです。

オーセールのゲルマヌス司教の聖骸布，ミラノのアンブロシウス司教の祭壇用錦，ブレッサノーネのアルビュインの祭服，これ等大判の絹錦は9〜11世紀初頭のコンスタンティノープル製と考えられています。この時期は，ビザンティンのオーソドックス，ラテンのカソリック，イスラム教間の安定期で，10世紀末イタリアのクレモナ司教は皇帝から帝王紫の絹錦を贈られ，イタリアのモンテ・カッシーノ修道院は，聖具等の工芸品の発注をした記録があります。 　ゲルマヌス，アンブロシウス共に初期キリスト教の布教に功績があった人物で，オーソドックス，カソリック共通の聖人です。サンタンブロージオ聖堂には4世紀の朱色絹の綾織り始め，多くの聖骸布が遺されています。時代とともに紋様が大きくなり，11世紀の物にはイスラム錦と記されています。聖人達の遺骸は，繰り返し価値のある布に包み替えられていました。オーセールの聖骸布は，1030年に北フランスのシャロンの司教が贈ったとあり，10〜11世紀の皇帝の衣服，紋様，サイズ共に似ています。記録には赤紫地に赤の鷲の紋様とありますが，退色の具合から地色は貝紫ではないでしょう。布のサイズは約170×120cm（1リピート縦76cm横54cm）で現存するビザンティン錦の最大のものと言えます。紋様全体は縦軸で反転してリピートしていますが，タカの頭部のみ一方向に向く複雑な模様構成で，動きが感じられます。嘴にリングをくわえていますが，旧約聖書エステル記にペルシャ王が重臣に全権を委任する際指環を渡す記述等もあり，特別の意味が込められたリングと爪と目は強調されて褪せる事無く黒々と遺っています。主なモティーフが，オーセールの物と近似するブレッサノーネの祭服の指環，目，爪は金糸を使っています。首と翼に並ぶ丸文は真珠紋でしょう。翼の大中小の鱗状の縞模様と，大きなロゼッタ紋，尾翼にはハート形の蔦の葉が連なり，変化に富み美しいバランスを表しています。ビザンティン錦の多くはササン朝，唐，正倉院の物に比べると緊張感が乏しいのですが，皇帝好みの紋様には完成度が見られます。しかし模様の多くは素直なタッチ，豊かな表情が華やかな色彩と黄金を帯びて楽しめることが特色です。ブレッサノーネのものは紋様を単純化して織り易くし，糸を細くして美しく織り上がるよう考慮されています。2枚の布は錦織りの成長の軌跡を伝えています。

地中海学会大会　研究発表要旨 ギベルティからベルニーニへ ──鋳造された蜥蜴のモチーフをめぐって── 佐藤　仁

サン・ピエトロ大聖堂の主祭壇を飾る《バルダッキーノ》（1624〜35）は，バルベリーニ家の教皇ウルバヌス8世の命で制作されたベルニーニの初期の代表作であり，ローマ・バロック美術の幕開けを告げる記念碑的作品と考えられている。近年の研究は，その特異な形態が創造されるまでの過程の解明を中心になされてきたが，本発表では，こうした主要問題をはなれ，柱の方形台座に付けられた小モチーフに注目する。それは，ロザリオやメダル，蜥蜴といったモチーフであり，もっぱらベルニーニの遊びとみなされ，あまり注目されることはない。そのなかで，《バルダッキーノ》に関する研究書（1997）を著したキルウィンは，ロザリオやメダルは，大聖堂の聖遺物である聖顔布，あるいは巡礼に関わるモチーフであり，台座に点在する３匹の蜥蜴は聖域を守っている，というように解釈しているが，とりわけ，蜥蜴のモチーフは，トスカーナ美術において，ベルニーニ以前からの長い伝統をたどることができる点で注目される。本発表では，ベルニーニの《バルダッキーノ》の台座につけられた蜥蜴の着想をあらためて考察するため，トスカーナ美術において，蜥蜴のモチーフがいかに重要な作品に表されているかを確認し，その意味を検討した。 　古代より，死と再生，あるいは復活の象徴とされてきた蜥蜴は，旧約聖書レビ記の記述によって，負の意味合いをもつことになった。その一方で，太陽を追い求めるその生態が，神を求めるキリスト教徒の姿に重ねられ，信仰を象徴するモチーフとなった。この意味で，しばしば洗礼者ヨハネとともに表されたが，こうした例を示す作例として，最初に，フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂のブロンズ門扉が注目される。アンドレア・ピサーノによる南側門扉の「洗礼者ヨハネ伝」の浮き彫りパネルのひとつ《洗礼者ヨハネの説教》に蜥蜴は表された。また，1401年のコンクール時にギベルティが制作した《イサクの犠牲》にも，同様に蜥蜴を見出すことができ，ここでは，両者の主題に共通する信仰という意味合いを暗示するモチーフとして表されたと考えられる。また一方で，ギベルティが制作した北側門扉の枠組み装飾に，蜥蜴を含む身近な生き物がみられることにも着目した。ここには，各モチーフの意味合いよりも，万物の多様性を表すことで神の創造の御業を賛美するといった着想がうかがえる。こうしたギベルティの試みは，ルネサンス以降の普遍主義的な趣味趣向に合致し，

ルスティカ様式と呼ばれるような，いっそう技巧を凝らした自然物の造形が生み出されるための出発点となった。 　次に，16世紀末のピサ大聖堂のブロンズ門扉に目を向けた。「聖母伝」が表された中央門扉では，多種多様な小動物が枠組み装飾に配置され，そのおのおのが，まるで覗き見るかのように浮き彫りパネルと関連をもって表された。とりわけ，《マリアの誕生》の場面の左脇の絡み合う2匹の蜥蜴は，カップリングしたペアと考えられ，浮き彫りの主題を暗示するかのように思われる。ここでは自然の魅力をいかに演出するか，いまやその技巧を追及するものとなったといえる。 　そして，バロック前夜のローマでも，サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂パオリーナ礼拝堂の入口に設置された格子門，その支柱の人目に触れる位置に，蜥蜴を見出すことができる。ここでは，ブドウを食み，虫らしき生物と対峙する蜥蜴が表されたが，その表現からは，信仰の象徴というよりもむしろ，小さなキリスト教徒，いわば礼拝堂空間の番人として着想されているように感じられる。また，この格子門を鋳造した職人たちが，ベルニーニの《バルダッキーノ》の制作にも関与したという指摘（モンタギュー，1989）は，両作品の蜥蜴の意味の関連を示唆している。つまり，キルウィンが指摘したように，《バルダッキーノ》における蠍を咥えた蜥蜴は，同様に聖域の番人としての意味をもちうる可能性が高い。 　さらに考察を進めるならば，蜥蜴が付く位置が注目される。小さなモチーフは，壇上に立つ聖職者の目線の高さに故意に付けられている。それに対し，教皇の三つの紋章モチーフ「太陽・蜜蜂・月桂樹」で装飾された方形台座以上の部分には，蜥蜴はみられない。このことは，小モチーフが付けられたラインが，パオリーナ礼拝堂の格子門と同じく聖なる領域との境界として想定されている可能性をうかがわせる。さらに注目すべきは，上を向く2匹の蜥蜴である。蜥蜴が見上げるその方向には，教皇の紋章である太陽が装飾されている。すなわち，《バルダッキーノ》の蜥蜴は，その背景に，ギベルティから脈々と続くトスカーナの鋳造技術の伝統や，ルスティカ様式の薫りを帯びながら，聖域の番人という意味だけでなく，教皇の紋章モチーフの太陽と結び付けられ，小さなキリスト教徒の象徴として，台座に刻まれているのではないだろうか。

地中海学会大会　研究発表要旨 ヴェネツィアの近代 ──舟運の変遷と水辺の空間── 樋渡　彩

本発表では，これまであまり注目されてこなかったヴェネツィア共和国滅亡後の都市変遷に焦点をあて，共和国時代から現代までを四つの時代に区切り，舟運の意味や水辺の空間の変化を追い，舟運の視点から都市の形成過程を描くことを目的とした。多くの都市において近代化のなかで失われる舟運や水辺での人の賑わいが，なぜヴェネツィアでは失われなかったかを明らかにする。 　ヴェネツィアは，大陸からの多くの川とアドリア海の波により形成されたラグーナ（干潟）につくられた。ヴェネツィア共和国時代，東方貿易で栄え，国際的な大商業中継地として発展した港湾機能を持つ海洋都市で，舟と建築の密接な関係が成り立つ都市を形成していたのである。港湾機能は海からの玄関口であるサン・マルコ水域を中心として，都市全体に分散していた。1階を倉庫とする商館が登場し，運河から直接搬入出するのに適した開口部を設けていた。また，17世紀末の史料によると，大運河には23か所もの渡し舟が存在したことから，渡し舟は市民の重要な足であったことがうかがえる。 　19世紀のヴェネツィアは，フランスとオーストリアの統治により，それまでの様相から一変する。幹線路の確保を目的とした運河の陸化や，大運河への架橋から，19世紀は陸の論理の都市開発であることがわかる。 　1846年，オーストリア政府は本土とヴェネツィアを鉄道橋で接続すると，鉄道輸送による経済効果と，鉄道と船の接続の円滑化を狙い新港湾建設を提案する。実際にはイタリア統一後の1869年に，都市の西側で新港湾建設の整備が開始される。都市に分散していた港湾機能は徐々に新港湾に集約され，集中型の港湾構造に変わり，都市と港の関係は切り離されてしまう。その結果，都市の西側は工場が集中し，産業地域となる。 　一方，本来の港湾機能を縮小した都市の東側は観光を強化していく。鉄道橋建設前後の地図の比較から，サン・マルコ広場周辺や大運河沿いでは，グランドツアーの影響と思われるホテルの増加がみられる。また，1857年に海水浴場を開始したリド島や，1895年に国際芸術祭の会場となったジャルディーニへの路線の開通から，ヴェネツィアの東側では港湾都市から文化都市に移行していることがわかる。 　都市内の舟運では，鉄道の影響から大運河を縦につな

ぐ渡し舟がヴェネツィア市によって設置され，大運河の対岸を結ぶ横断軸から縦断軸に移行する転換点であったと考えられる。このことから都市の玄関が西側に移り，都市の表裏が逆になりつつあることを示している。このように，19世紀のヴェネツィアは，都市構造が大きく変化する一方で，舟運は都市の変化に対応しながら都市の発展に貢献していることが読み取れる。 　20世紀初頭，ヴェネツィアは経済が好転する。第一次世界大戦後，イタリアでは自動車道の整備が進むと，ヴェネツィアでもこの自動車社会化の波を受けて1933年，本土とヴェネツィアを結ぶ道路橋をヴェネツィア市土木局議長のE.ミオッツィの指導下で建設する。この道路橋は都市の西端に接続され，都市側の終着点にローマ広場を置くことで，都市内に自動車が侵入することを徹底的に防いだ。これによりローマ広場は新たな玄関口となり，ローマ広場─サン・マルコ広場間の移動時間短縮を目的とした新運河が掘削されると，運河規模に合わせたモーター船による新路線が開通する。この運河は，盛大な開通式の様子を伝える写真から，市民に歓迎されていたことがうかがえる。大陸では，主要交通が船から自動車に切り替わるなかで，ヴェネツィア都市内では，新運河の掘削とモーター船によって迅速な移動を獲得し，舟運を強化したことがわかる。また1930年代は，運河網が整備されたという事実からも，舟運に関心が高い時代であったことが明らかである。 　同じ頃，水辺の空間でも新たな試みが行われていく。カタスト（土地台帳）や市立古文書館に保管されている建築確認申請の図面から，それまで荷揚げ用であった桟橋上にレストラン席を設け始めた様子が確認できる。 　そして，20世紀後半になると，水上テラスの拡張や運河沿いの道にレストラン席が設けられるなど，水辺の活用エリアの広がりがみられる。また，舟運では1960年代に自家用船のモーターエンジン化が爆発的に進んだ。 　以上から，ヴェネツィアの近代は，動力船によって舟運をむしろ強化し，水の都市としての機能を増強してきたということがわかった。また，1930年代に，大運河の建物の前面に水上テラスを張り出して，今日の風景をつくり出した。つまり，ヴェネツィアの近代は大陸と橋で結ばれながらも，水の都市の特徴を活かしつつ近代化を進め，個性を高めたといえる。

ギリシア古代都市を掘る 伊藤　重剛

足自慢の走者たちが走ったスタディオン，癒しを求めて人々が訪れたアスクレピオス神殿，ドラマが上演された巨大な劇場，今もこんこんと水が湧き出る泉，縦横に張り巡らされた道路網，一辺150ｍ四方もある広場，そして広い市域を取り囲む城壁……。メッセネは多くの施設が出土したペロポネソス半島の都市遺跡である。これだけ立派な施設が数多く姿を見せた古代都市遺跡は，ペロポネソス半島でも他にはない。 　1980年代以降，クレタ大学のテメリス教授率いるメッセネ考古学協会は，目覚ましいほどの発掘の成果を上げた。そして熊本大学ギリシア古代建築調査団は1994年から96年にかけて3年間デルフィのアテナ・プロナイア神域を調査した後，97年以降はこのメッセネでギリシアの調査団とともに都市遺跡の調査を継続し，今年で14年目を迎える。通算すれば，17年間のギリシア調査であり，団長としては些かの感慨を禁じえない。 　メッセネで我々が手掛けた建築は，スタディオン地区の家形墓群，スタディオン，アスクレピオス神域の列柱廊，メッセネ神殿，そして現在調査しているのが劇場である。調査した建築はそれぞれ印象に残っているが，最初に調査した家形墓の3号墓は最も興味深かったもののひとつで，一辺4.5ｍの正方形の建物の上に，円形の屋根が載るというユニークな形をしていた。円形の屋根には反りがあり，したがってその扇形の部材は上にいくにつれて，半径が小さくなり外側の傾斜も急になるというものであった。円形の部材は実測しにくく図面作成に時間がかかるのだが，調査を始めた当初は本来の形を全く想像できなかった。しかし部材の図面をひとつひとつ描きながら，2か月の調査期間の半ばが過ぎる頃，次第に全体像の推定がついてきたものであった。 　アスクレピオス神域の中庭を囲む列柱廊の調査もまた印象深いものであった。この神域では，神殿と祭壇が四周を列柱で囲んだ中庭の中心軸線に沿って配置されている。したがって東側正面中央の入口から入った参詣者が，列柱廊まで来ると，両側のパースペクティブな列柱を背景に，祭壇と神殿が左右対称に，非常にシンボリックな形で表現されている。これはその後のヘレニズム時代からローマ時代に至る強い軸線をもった神域の配置の先駆けをなすものであり，最終的にローマ時代のバールベックの大神殿や，ローマの皇帝のフォラムなどに結実

した一連の配置形式の最初の例であった。 　今年の夏休みもメッセネでは劇場の調査を継続する予定である。調査を始めた当初は訪れる観光客も殆どなく，近くの町や村の出身者が夏休みに里帰りしたついでに見学に来る程度であったが，現在では外国人観光客が大型バスを連ねて見学に来るほどになった。日本人の観光客もそのうち少しずつ増えてくるかも知れない。 　2008年からは，いよいよ熊本大学自ら発掘を始めるべく，新たにフィガリアの調査を開始した。フィガリアはパウサニアスの『ギリシア記』にも書かれており，例のバッサイのアポロ神殿を建設した都市でもあるが，市域は未発掘で殆ど何も分かっていない。ペロポネソス半島西側の山中にあり，城壁は現在も1〜2kmに亘って残っている。北側のアクロポリスから緩斜面が南に向って下った中央の平坦部付近が古代のアゴラだと思われるが，現在は畑に覆われている。古代の痕跡は数本の円柱のドラム，古代の建築部材を再利用して建てた粗末なビザンチン教会の痕跡，家形墓，泉ぐらいである。 　2009年から地形測量を開始し，2010年夏には地中探査を予定しており，2011年から発掘を開始したいと考えているが，これから乗り越えるべき障害もまだ多い。日本はアテネに考古学研究所を持たないので，ギリシア側との共同研究という形を取らざるを得ないが，それでも一歩前進と言えよう。もし本当に発掘が実現したら，日本で初めてのギリシア発掘となり，日本の古代ギリシア研究も大いに進むものと期待できる。ここで多くの若い研究者たちを育てたい。 コリント式柱頭調査風景

『皇帝ティートの慈悲』 中川　亜希

2001年から7年間，イタリアのミラノで留学生活を送った。その間，ミラノのスカラ座をはじめ，ボローニャ，ジェノヴァ，トリノ，ヴェネツィアなどの歌劇場で，オペラを鑑賞する機会に恵まれた。日曜日は昼間の公演なので，ミラノからでも日帰りで見に行ける。他の町の日曜日の公演で，スカラ座のロッジョニスタ（天井桟敷の常連）を見かけたものである。 　最初の頃は，文字通り，「馬の耳に念仏」状態であり，何がどう良いのかが分からず，ただ漠然と良かった，悪かったと思うぐらいだった。しかし色々と鑑賞するうちに，自分の好みぐらいは分かってきた。感動した公演は様々あるが，ジョアキーノ・ロッシーニが生まれた，アドリア海沿岸のリゾート都市ペーザロで8月に開催されているロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルの公演は，どれも印象深い。毎年，非常にレベルが高く，一度行ったら，病み付きになってしまった。超絶技巧を駆使したアリアや，見事に組み合わされた厚みのあるアンサンブル……声に注目して鑑賞しているから，私はロッシーニのオペラに惹かれるのだろう。素晴らしい歌唱による感動を求めて，いつしか出演歌手を基準に鑑賞するオペラを選択するようになっていた。 　モーツァルトが亡くなる年に作曲したオペラ『皇帝ティートの慈悲』にも，そのようにして出会った。つまり聞きたい歌手が出演していたから，トリノ王立歌劇場まで聞きに行く気になったのである。オペラの内容を知ったのは，チケット購入後であった。イタリア語の題名はLa clemenza di Tito，「皇帝」という語はない。無知な私は，あらすじを読んで初めて，ティートが古代ローマの皇帝ティトゥスであることを知った。オペラの中で皇帝ティートは，結婚相手にと考えた女性にふられても許し，自分の暗殺を試みた友人セストも許し，セストをそそのかしたヴィテッリア（ウィテリウス帝の娘）も許す。まさに「慈悲深い皇帝」である。 　ティトゥス帝と言えば，フォロ・ロマーノに現在も残る「ティトゥス帝の凱旋門」でも有名だが，確かに「慈悲深い」と評判の皇帝であった。ポンペイやエルコラーノを埋没させたヴェスヴィオ山の噴火の際には，被災地を訪れ援助し，ローマの大火の際にも，復興を支援している。伝記作家スエトニウスによる『ローマ皇帝伝』「ティトゥス伝」では，皇帝になる前は評判が悪かった

ものの，皇帝となってからは「いかなる悪徳も見られず，逆に最高の美徳が見られた」とされ，慈悲深さが述べられる。スエトニウスは，『皇帝ティートの慈悲』の台本のねたになった，帝位を狙った二人の貴族のエピソードについても書いている。二人は有罪になったが，ティトゥスは二人に野望を捨てるように忠告しただけで何もせず，そのうちの一人の母親に使いを送り，息子の無事を知らせさえした。 　1791年9月6日，神聖ローマ皇帝レオポルト2世がプラハでボヘミア王として戴冠する際の祝典用オペラとして，モーツァルトは『皇帝ティートの慈悲』を作曲した。台本作家ピエトロ・メタスタージオの台本を，カテリーノ・マッツォラが改作したのであるが，メタスタージオの台本には，1734年のアントニオ・カルダーラ以来，40人以上の作曲家が曲を付けていた。君主のためのオペラでは，「支配者の慈悲」は都合の良いテーマである。レオポルト2世の戴冠式のためのオペラとしても相応しかったのだろう。しかし私は，なぜティトゥスなのか，と疑問に思い始めた。イタリア語のclemenza，つまりラテン語のclementiaと言えば，ユリウス・カエサルの徳であり，また初代皇帝アウグストゥスとも結びつけられた徳である。史料を見れば，エピソードはたくさんある。ティトゥスも慈悲深かったのであろうが，この皇帝の治世はわずか2年余りと短く，もしも長く統治していたら，立派な皇帝であり続けられたか，歴史家ディオ・カッシウスも疑問を投げかけている。ねたになったスエトニウスのエピソードも，わずか数行の短いものだ。ただひたすら許す支配者がティトゥスである必然性はないように，私には思われたのである。そのことがずっと頭を離れなかった。 　2008年5月，トリノまで出向いた公演ではあったが，残念ながらティート役の歌手は調子が悪かった。ティートをムッソリーニとし，舞台を1920年代のローマに設定したグラハム・ヴィックの演出には賛否両論あるだろう。しかし反乱を起こすことを決意したセストのアリア「私は行く，でも愛しい人よParto, ma tu ben mio」はやはり素晴らしい。モニカ・バチェッリが完璧に声を転がし，クラリネットとともに駆け上がっていく……慈悲を示すのが，皇帝ティトゥスでも誰でも良くなるような至福の時であった。

ジョルジョーネの没後500年展 高橋　朋子

ヴェネツィア派絵画の盛期ルネサンスはジョルジョーネをもって嚆矢とする。これは16世紀半ばにヴァザーリが『列伝』で位置づけて以来今日までジョルジョーネ評価の基本となっている。一方ジョルジョーネという画家は残された資料も極めて少なく，彼の履歴，作品帰属，作品編年は常に議論を巻き起こすが，いまだに決着が見られない。その生没年さえ異論がない訳ではないが，彼の些少の資料の一つであるイザベラ・デステと彼女の絵画購入の仲介者であるタッディオ・アルバーノとの1510年11月の書簡から，我々は多分この書簡の日付の少し前に，ジョルジョーネが亡くなっていたらしいと知るのである。すなわち今年2010年は，ジョルジョーネ没後500年ということになる。 　没後年を記念して大規模の展覧会が開催されるのは通例で，ジョルジョーネの没後500年の展覧会は，ヴェネツィアからローカル電車で小1時間ほど行ったところにある小さな町，カステルフランコで開催された。ジョルジョ・ダ・カステルフランコの名でもわかるように，この町は彼の故郷であった。ジョルジョーネの展覧会に関しては後で述べるとして，一方この春は特にカラヴァッジォの没後400年を記念した展覧会が大変な注目を浴びているようで，日本の新聞でも紹介記事が掲載されたし，ローマ，フィレンツェではとても派手な宣伝とともに大展覧会を開催している。そしてパドヴァでも，「カラヴァッジォ，ロット，リベラ」と称した展覧会を開催していた。こちらの方は19世紀の碩学，ロベルト・ロンギのコレクションで構成されたもので，「ロンギのコレクション」というタイトルの方がずっと分かり易いのにと思ってしまうような内容であったが，宣伝ポスターは《トカゲに噛まれた少年》（ロンギ・コレクション）を大々的に取り上げ，ジョルジョーネ展のポスターより，《トカゲに噛まれた少年》の方がヴェネツィアでも目立っていたような気がする。 　ジョルジョーネ展の方は，ひょっとするとあえて目立たないようにとの配慮もあったのかもしれない。というのも，展覧会場となったカステルフランコのカーサ・ジョルジョーネ（かつてはカーサ・ペリッツァーリと呼ばれていた）は小さな家屋で，どう考えても大勢を収容できそうにないからである。ここが会場に選ばれたのは，2階の一部屋にジョルジョーネのフレスコ装飾《諸

学芸と諸芸術の寓意》が残っているからであり（このフレスコ装飾は，全てをジョルジョーネが描いたとは考えられていない），またこの家屋がカステルフランコ大聖堂に隣接する位置にあるからであろう。この大聖堂には，通称カステルフランコの聖母と呼ばれるジョルジョーネの代表作がある。 　実際，ジョルジョーネの没後500年を意識しての展覧会は既に数年前から開催されていた。2003年に，ヴェネツィアのアカデミア美術館によって実施された《カステルフランコの聖母》の修復が完了し，それを機にジョルジョーネ展が開催され，続けてウィーン美術史美術館（2004），その後ワシントン・ナショナルギャラリーでも「ベリーニ，ジョルジョーネ，ティツィアーノ」と題する展覧会が開催された（2006）。当然のことながら，それぞれに大部の充実したカタログが刊行された。 　この一連の展覧会の成果は，たとえばカステルフランコの聖母に関しては，この祭壇画の注文主に関してこれまで以上に詳細な検討が加られ，この作品を際立たせている不安定ともいえるほど高い位置に座る聖母の構図が，なぜそうあらねばならなかったかが論じられたり（Settis），また地元（トレヴィーゾ周辺）のユダヤ人の知識人グループとの関連性が指摘されたり（Gentili），その他にも多くの知見豊かな見解が，また新知見や新資料が紹介されてきた。 　今回の展覧会がそれまでのものと違う点を挙げるとするなら，より積極的にジョルジョーネをトレヴィーゾの文化圏でとらえようとする試みであったといえる。それは，トレヴィーゾ近郊のカステルフランコでの開催故により説得力を持って伝わってきた。特にカテリーナ・コルナロの住居（Barco di Caterina Cornaro）があったとされるアルティヴォレは，カステルフランコから10キロくらいの距離にあり，ジョルジョーネがカテリーナ・コルナロを取り巻く文化圏にいたことが実感されるのである。つまりこの展覧会は，ヴェネツィアの盛期ルネサンスの旗手であったジョルジョーネを，インターナショナルな場から，ローカルな場へと戻す試みであったといえるのではないだろうか。 　展覧会の地味な宣伝とは対照的に，カタログは内容的にも現実的にも重量級で，手持ちをちょっと躊躇するヴォリュームであった。