太陽が眩しい日中の建設現場。作りかけのバルコニーにガタガタの小さな木のテーブルと折り畳み椅子を出して,お昼の休憩をとる労働者たち。赤ワインのボトルとチーズとパンが置かれ,モロッコ出身の哲人が同僚に人生を語りはじめる……。
En construcción*1(『建設中』)と題された,バルセロナのスラムクリアランスの現場を描いたドキュメンタリー映画のワンシーンである。このシーンでは,レンガが積まれ,モルタルとペンキで汚れた吹きさらしの建設途中の建物が,安ワインとチーズとによって,サグラダ・ファミリアを借景とした見事なテラス席になってしまう。スペインに住んでいたときは,この事実,つまりスペインではどんな戸外空間もテラスとしてのポテンシャルを持っているという事実は,あまりにも当たり前すぎて普段ほとんど気づかずに生活していたのだが,日本に戻ってこの映画のワンシーンを見たとき,あの戸外を生きる感覚が天啓のように思い起こされたのだった。
東京に戻って家を探した際,秋葉原の大きなルーフ・バルコニーのある家に決めたのも,あの,テラスで飲む,食べる,しゃべる,何もしない時間を再現できればよいと思ったからだった。屋外用のテーブルと椅子を買って,引き出物のカタログではわざわざハンモックを選び,準備は万端だった。だが結局,その家に住んだ二年の間,屋上に出るのはほとんど洗濯物を干すときぐらいだった。何度か友人という友人を呼んでスペイン仕込みの大きなパーティー,通称アキバ・フィエスタを開催してみたが,ほとんどの会は雨に見舞われ,テラスを十分に活用できたとは言いがたい。
マドリッドの道端や広場には,スペインの他の都市と同様に,たくさんのカフェやレストランのテラス席がある。どれも同じように見えるがランクはいろいろだ。マヨール広場や王宮前のツーリスト・トラップで飲むビールよりも,移民の多く住むラバピエス地区のちょっとナウいレストランのテラスのものの方が安いし,それよりも古き良きおっさんバル*2の店の前で飲んだ方が安い。さらに,ラバピエスやマラサーニャ地区のテラスでビールを飲みながらあたりを見回せば,売店で1リットル1ユーロのマオウ・クラシカ*3を買って来て,ベンチで飲んでいる輩の多かったこと。広場の眺め,ビール(ワイン),夕暮れのそよ風。テラスに座る快楽をこうした要素に分解してしまえば,どれも結局体験としては |
あまり変わらないのではないかと思えてくる。
買って来たビールやカリモッチョ*4やその他の安酒を,友達と集まって飲み交わすのをスペインではボテジョンと呼ぶ。特に公園や広場でやるボテジョンは,ヤングの間ではかなりポピュラーな習慣だったのだが,ちょうど僕がマドリッドに住み始めた頃に条例で禁止された。禁止令適用も徐々に厳格化し,終いには狭いバルの店内からグラスを持ってちょっとでもはみ出しただけで,神経質なウェイターに敷居をまたぐなと注意されるようになった。ロック・バーの集中するマラサーニャ地区の5月2日広場などは,かつてテラスに座って談笑する大人と,地べたに座って叫び歌う若者の対比が風物詩のようになっていたし,土曜日のバスケス・デ・メジャ広場に集まるゴシック・ファッションの少年少女たちを眺めるのも面白かったが,そうした光景ももはや過去のものとなったのかもしれない。近隣住民の迷惑は計り知れないものだったとは思うが,「なぜそこで酒を飲むのか」と聞かれたら「そこに広場があるから」とでも答えそうな,このスペインの若者のパブリック・スペース使用法に興味津々だった僕には少し残念な出来事だった。
この,戸外でのボテジョンも,ルーフ・バルコニーの活用と並んで,日本ではなかなか再現が難しい。もちろん,花見の時期の公園や,初夏の河原でやるバーベキューなど,ちょっと特別な機会にはそれに近いものがあるのだが,僕は渋谷の道端で,ラバピエスの道端のような,普通の日に缶ビールを飲んで心地よい空間を探してみたが,結局見つけることができなかった。空間人類学的実験をしても,ただのアル中のようになってしまうのだ。この失敗を単に気候の違いだけに帰してよいものなのだろうかと,今でも考えている。
*1 José Luis Guerín監督, 2001。
*2 おっさんバルの目印は,おっさんの店員がやっており,かつスロットマシンがあってそれを延々とやっているおっさんの客がいること。
*3 ビールの種類。ボテジョンにおける永遠のスタンダード。
*4 安いパックの赤ワインとコーラを混ぜたもの。ワインはとにかく安いもの,コーラはコカコーラを用いるのが正統だとされる。ボテジョンのもう一つのスタンダード。
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