豊田浩志編『モノとヒトの新史料学――古代地中海世界と前近代メディア』勉誠出版
中川亜希
本書は、歴史学と考古学の接点を探り、歴史をみるための「モノ」に注目し編まれたものである。「はじめに」で指摘されているように、歴史研究で用いる史料と言えば「文書史料」が主であるが、それだけではそのような文書を残さなかった大多数の庶民の声は聞こえてこない。そこで本書では、15人の研究者がそれぞれ専門とする「モノ」を取り上げ、それら「モノ」を用いた新たな歴史学研究の可能性を提示している。
第1部ではオリエントで広く用いられた粘土板、中国で生まれ、西へと伝わった紙、そして地中海世界で長く用いられてきたパピルスと羊皮紙といった書写材について、誕生からの歴史や製法など、具体的に解説されている。活字化されたテキストを読むことを当然のこととし、それらテキストが残されていた書写材を実際に目にすることはほぼないため、普段、意識することもない。しかし「モノ」について知ることは、それを使っていた人々と社会について知ることであるという当然のことに、改めて気付かされる。余談ながら、筆者のボローニャ大学からの学位記は羊皮紙に記されている。本書で羊皮紙の大変な制作過程を知ってもなお、学位授与から手元に届くまで4年もかかったことは納得できないものの、現代における羊皮紙が「特別な文書」のためのものであることは理解できた。なお第1部の最終章で、紙の次の「書写材」として電子書籍が取り上げられ、古代史研究における利用について紹介されているのがありがたい。第2部「都市を読む」では、都市ローマにおける、コンスタンティヌス帝、セプティミウス・セウェルス帝親子、トラヤヌス帝の記念建造物が扱われる。本書の編者である豊田氏は、都市景観史学的観点を取り入れ、アーチ門(いわゆる「コンスタンティヌス帝の凱旋門」)と不敗太陽神の巨像(コロッセオの横のかつてのネロ帝の巨像)の位置関係、そして新バシリカ(いわゆる「マクセンティウス帝のバシリカ」)に置かれていたコンスタンティヌス帝の巨像の、同じ不敗太陽神の巨像への目線から、コンスタンティヌス帝の支配理念の中核がキリスト教ではなく、不敗太陽神信仰であったことを明らかにしている。「モノ」から歴史を見ようという本書の目的が十分に果たされ、本書の意図がよく分かる章と言えよう。第2部の残り2章と第3部で、コイン、建築、植物、食物、土器、ガラス、モザイク、フレスコの文字といった「様々なる『史料』」の性質、そこから分かることが解説される。
筆者も、古代ローマ史の研究や西洋史の授業で扱う史料は、結局、「文書史料」が大半であり、史料としての「モノ」の有効性を示すことの困難さを、日々、感じている。「文書史料」以外にどのような史料が存在し、それらから何が分かり、そしてどのような可能性が秘められているのか。文献史料のみに頼らない、これからの歴史学の入門書として広く読まれるべき書である。
[2016年3月発行 2,700円+税]